持寶庵のブログ

光明真言法にて、神佛へ感謝の御法楽、生きている方の滅罪と故人様・ペットちゃんの菩提を弔います。夢は保護猫ハウスを作ることです。町の行者です。霊感はありません。相互供養・相互禮拝。合掌 ※無断転載を禁じます。

新年明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願い申し上げます。


不忍池辯天堂 宇賀神像

巳年ということで、弁才天の大行者であらせられた瀧口大阿闍梨様の御著書から法話を1つ紹介させていただきます。


自分だけがと思うから、問題が起きてくる

 ある日、午前二時からの修行に入るためにお堂に向かっていたとき、堂前に“七色の蛇”がいた。とても珍しい出来事なので、弟子にも見せようと迎えに行き戻ったら、その蛇は消えていなくなっていたんやね。わたしにだけ見せたのだなあと思って、その日はそのまま休んだ。
 そうしたら次の日の午前中に、大阪北新地の芸妓さんが“七人”見えたので、あっ、と思い、昨夜の“七色の蛇”を思い出した。聞いてみるとこの芸妓さんたちが「娘道成寺」を上演すると、なぜか踊り手や囃子方の誰かがケガをしたり、いろいろ悪いことが起こるという。なんとかならないか、という相談を受けたんやね。その件はご祈禱をすることで落着したのだが、その中の一人から物騒な相談を持ち掛けられた。「うちの旦那がある会社の重役のイスをライバルと争っている。その競争相手が●を迎えるように祈願してもらいたい」と言う。もちろん、断った。「人を呪わば穴二つと言って、相手を●せば、自分も●ぬことになる。それは困る」と。
「人を呪わば穴二つ」は昔から宗教の世界で言い伝えられてきたもので、相手の●体を埋める穴と、自分の●体を埋める穴の二つがいるという意味。当たり前だが、そんな危ない祈願はしたくはない。
 その人に続けて言った。「あなたのそういう心がいけない。あなたは旦那だけに重役になってほしいかもわからないけれども、相手の人も出世できるような祈り方だったらできる」。そうしたら「それでお願いします」と言うので祈願したことがあった。
 自分が良くなりたかったら、相手も良くなってほしいと願うのが人間の道やな。わたしたちも、自分のことを祈願するのではなく、人のためだけに祈っている。「人間は己が良くなれば、相手も良くなる」と言うが、忘己利他の精神で言えば、まず相手が良くなり、その結果、己が良くなるというのが本来やと思う。自分だけがという考えが、やっぱりいろいろな間違いを引き起こすのだと思うね。
 人間はそもそも物やお金への執着とか、立身出世などの執着に支配されているように思うな。しかも、それが良いことだと思って、ずっと生きてきている人が多いわけで、それがさまざまな苦しみやトラブルを招いている。
 自分さえ良ければと思うから問題が増えていくのであって、相手も良くなるように考えて生きていれば、何も起きないと思うよ。

瀧口宥誠 『人のために生きればいい』より


こちらのお話には、天部信仰に関しての肝心「忘己利他」が具体的に書いてございますね。
なかなか難しいことではありますが、日本人の美徳お互い様の気持ちをできるだけ持ち続けて、新しい年を歩んでいきたいものです。

オンソラソバテイエイソワカ

合掌